短答問題 刑法「不作為犯」

 入門講座受講中の方または受講を終えた方、法学部在学中の方、力試しに問題を解いてみませんか。問題は2016年実施の「予備試験スタンダード短答オープン」からセレクトしています。科目は刑法、テーマは「不作為犯」、講座実施時の正答率は92%でした。 

[問題]

 次の【事例】及び【決定要旨】に関する後記1から5までの各【記述】のうち,正しいものはどれか。

【事 例】

 暴力団幹部構成員である被告人は,本件被害者(当時13歳)に覚せい剤を注射した上で同女と性交渉をもとうと考え,昭和58年5月7日午後11時ころ,同女をホテルの一室に連れ込み,午後11時10分ころ同女に覚せい剤を注射したところ,まもなく,同女が頭痛,胸苦しさ及び吐き気等の症状を訴えはじめ,次第に高じて,翌8日午前零時半ころには,更にその訴えが強くなり,「熱くて死にそうだ。」などと言いながら,着衣を脱ぎ捨て,2階にある同室の窓を風呂のドアと間違えて開き,外に飛び出そうとしたりする等,覚せい剤による錯乱状態に陥り,正常な起居の動作ができない程に重篤な心身の状態に陥った。しかし,被告人は,覚せい剤使用の事実の発覚をおそれ,同女を同室内にそのまま放置して,午前2時15分ころホテルを立ち去った。同女は,被告人が立ち去った時点では,足をぴくぴくさせており,少なくとも生きていたことは証拠上認められているが,その頃から午前4時ころまでの間に同室で覚せい剤による急性心不全により死亡した。

【決定要旨】

 被害者の女性が被告人らによって注射された覚せい剤により錯乱状態に陥った午前零時半ころの時点において,直ちに被告人が救急医療を要請していれば,同女が年若く(当時13年),生命力が旺盛で,特段の疾病がなかったことなどから,十中八九同女の救命が可能であったというのである。そうすると,同女の救命は合理的な疑いを超える程度に確実であったと認められるから,被告人がこのような措置をとることなく漫然同女をホテル客室に放置した行為と午前2時15分ころから午前4時ころまでの間に同女が同室で覚せい剤による急性心不全のため死亡した結果との間には,刑法上の因果関係があると認めるのが相当である。したがって,原判決がこれと同旨の判断に立ち,保護責任者遺棄致死罪の成立を認めたのは,正当である。

【記 述】

1.【決定要旨】は,保護責任者遺棄罪の客体たる「病者」には,覚せい剤を注射されても錯乱状態に陥らなかった者も当然に含まれると判断したものであると理解することができる。

2.【決定要旨】は,期待された作為がなされていれば,全く結果が生じなかったといえる場合に限り,不作為犯の行為と結果との間の因果関係を認めるものである。

3.【決定要旨】は,死の結果自体の回避可能性である救命可能性ではなく,ある時点における死を遅らせるという意味での死の結果の回避可能性である延命可能性を問題とし,判断したものである。

4.【決定要旨】は,被害者に対して覚せい剤を注射し錯乱状態に陥れた被告人の先行行為を根拠として,保護責任を認めたものであると理解することができる。

5.【決定要旨】は,不作為犯の行為と結果との間の因果関係を判断する際に,仮定的事情を考慮してはならないという見解に立つものである。

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[解答]

 正解は4。

 本問は,不作為の因果関係に関する判断のリーディングケースである最決平元.12.15(百選Ⅰ4事件。以下「本決定」という。)を素材として,判例の理解を問うものである。この機会に,本決定の理解を深めて欲しい。(山口P.44~52。前田(総)P.90~99,P.128~9。条文・判例スタンダード(6)P.39~43,53~4。)

1.誤り。

 本記述は,覚せい剤を注射されても錯乱状態に陥らなかった者も当然に含まれると判断したものであるとしている点で,誤っている。【決定要旨】は,「被告人らによって注射された覚せい剤により錯乱状態に陥った」者との関係で保護責任者遺棄罪の成立を認めているにすぎず,覚せい剤を注射されても錯乱状態にならなかった者が同罪の客体たる「病者」に当たるとの判断はしていない。

2.誤り。

 本記述は,期待された作為がなされていれば,全く結果が生じなかったといえる場合に限り,不作為犯の行為と結果との間の因果関係を認めるものであるとしている点で,誤っている。【決定要旨】は,「直ちに被告人が救急医療を要請していれば…十中八九同女の救命が可能であった」とし,「同女の救命は合理的な疑いを超える程度に確実であったと認められる」としている。これは,期待された行為をしていたならば,結果が生じなかったであろうということが合理的な疑いを超える程度に確実であると認められれば,因果関係を肯定し得るとするものである。

3.誤り。

 本記述は,死の結果自体の回避可能性である救命可能性ではなく,ある時点における死を遅らせるという意味での死の結果の回避可能性である延命可能性を問題とし,判断したものであるとしている点で,誤っている。【決定要旨】は,「直ちに被告人が救急医療を要請していれば,…十中八九同女の救命が可能であったというのである。そうすると,同女の救命は合理的な疑いを超える程度に確実であったと認められる」としていることから,救命可能性を問題としたものである。

4.正しい。

 【決定要旨】は,「被害者の女性が被告人らによって注射された覚せい剤により錯乱状態に陥った…時点において…救急医療を要請していれば…同女の救命が可能であった」とし,「被告人がこのような措置をとることなく漫然同女をホテル客室に放置した行為と…同女が同室で覚せい剤による急性心不全のため死亡した結果」との間の因果関係を認め,保護責任者遺棄致死罪の成立を認めている。よって,【決定要旨】は,被告人が被害者に覚せい剤を注射して錯乱状態に陥れたという先行行為に基づいて,被告人に対し救急医療を要請すべき保護責任を認めたものであるとの理解が可能である。したがって,本記述は正しい。

5.誤り。

 本記述は,仮定的事情を考慮してはならないという見解に立つとしている点で,誤っている。【決定要旨】は,「被告人が救急医療を要請していれば…十中八九同女の救命が可能であった」とした上で,「同女の救命は合理的な疑いを超える程度に確実であった」とし,被告人の放置行為という不作為と被害者の死亡との間の因果関係を認めている。よって,【決定要旨】は,法的に期待される作為をなしていたら,結果発生を回避できたかという仮定的判断により,不作為と結果との因果関係を判断している。